【Risicare 北村豪希】流れを断ち切るために・・・vol.2

【Risicare 北村豪希】流れを断ち切るために・・・vol.1

2019年6月11日

 

ちくわ

インカレも出場できなかったんですよね。

そこからライジング福岡の練習生として参加されています。これまたどういった経緯でライジング福岡へ行かれたんですか?

 

北村

当時は大学以外で練習できるところを探していて、学校の近くにあるNKS-405 というコートでバイトをしながらコートを使わせてもらっていました。

 

 

そのNKS-405の繋がりでライジング福岡にお願いして練習生としてチーム練習に参加させてもらった形になります。

 

ちくわ
練習生ってどういった契約になるんですか?

北村

名前の通りです。

練習をさせてもらっているって感じです。

なので無収入でした。

 

 

ちくわ

やはりそうなんですね。

ではどういったように生活をされてたんですか?

バイトとかで生活をされていたんですか?

 

北村

ここでバイトをしてしまったら、多分プロになれないだろうな・・・

と思っていました。

この頃は親に仕送りをして貰っていましたね。

また、周りの福岡の方にすごく助けてもらいました。

生活のこと、食事のことなど本当に助けられました。

 

 

ちくわ
バスケ大国だけあって期待がすごかったんですかね?

北村

いや、それとは別です。

福岡の方は御持て成しの心や人情味が熱くて優しい方が多かったです。

本当によくしてもらったので感謝しています。

 

 

ちくわ
その後はエヴェッサに入団されました。これも声をかけてもらってですか?

北村

この時は、合同トライアウトを受けて、ドラフトで指名してもらいました。

 

 

ちくわ
トライアウトってどういった形でされるんですか

北村

その時は二日間行われました。

前半・後半に別れて、午前は体力とファンダメンタルといったテスト、その合格者が午後に入ってファンダメンタルと言った感じでした。

午前の合格者確か25名で、ゲームをしました。

その25名から選ばれた5名と前のシーズンでカットされた選手でゲームをする形でした。

 

 

ちくわ
そこで活躍して声をかけてもらってドラフトにかかる・・・といった形になるんですかね?

北村

基本はそんな感じだと思うのですが、実はこの時は声をかけてもらえなかったんですよ。

実際、ゲームの手ごたえもよくって活躍もしましたし。

正直これはやばい!

て思っていたのを今でも思い出します。

そしてドラフトの日です。

仕事が始まる前にドラフトを見てたんですけど、その時に名前呼ばれてめっちゃ嬉しかったです。

 

 

ちくわ
その頃のエヴェッサ強かったですよね

北村

そうですね三連覇した後の1年後ですね。

プロって未知の世界じゃないですか。

先輩や先に入った選手から話は聞いていて、めちゃきついぞ!

というのは事前に耳には入っていたんですよ。

でも僕が入った時にコーチが変わりました。

なので部活のように皆で練習をこなすと言うよりは、個人でワークアウトをやった後にチームの練習に入ります。

その練習っていうのがチームの動きの確認がメインなんですよ。

当時、僕は育成ドラフトでの指名だったんですけど、

いつ育成してくれんねん!!!

って思っていました(笑)

個別の練習メニューをもらえるわけではないし、そこで自分で練習するしかないんだな、と。

 

 

ちくわ
スクールを作るきっかけになりそうなエピソードですね。

北村

そういうことです。

ただ、その時ってスキルコーチをする人って少なかったんですよね。

エヴェッサの大村 将基(2019-20シーズンより千葉ジェッツふなばしへ)さんが、アメリカから帰って来てからオフシーズンにプロ選手と練習するという形が始まったんではないですかね。

 

 

ちくわ
練習に関しては概ねハンナリーズでも一緒だったんですか?

北村

いやもうこれはチームによって変わってくると思います。

ハンナリーズの時はファンダメンタルが多かったですよ。

 

 

ちくわ

チームカラーによって練習も当然ですが変わりますもんね。

自分の練習時間も確保しないといけないし大変ですよね。

 

北村

トップじゃない選手っていうのは結構、練習をしてくれる人を探してると思います。

あとは意外とシューティングする場所がない

これはすごく問題だと感じていて、そういった経緯もあって、まずは環境を作りたいっていうのがスクールを通じて思ってますね。

 

 

ちくわ

アメリカみたいに町にリングがあるわけではないですもんね。

ハンナリーズの在籍期間は2年でした

ちょうど B リーグが開幕する前に退団されていますが B リーグではやるつもりはなかったんですか?

 

北村

bjリーグの最終年にチームに所属出来なかったら引退するつもりではいました。

京都に所縁のある選手が入団してくれればもっと楽しみですね。

 

ちくわ
ハンナリーズ退団後はジムラッツさんへ入団されていましたね。

北村

そうです。

あれも結構、特殊なんですよ。

トラベリングチームというのがあるんですよ。

僕らはそのトラベリングチームに当たります。

僕らはホームコートを持っていないので、各チームに交渉をして試合を組んでもらうという形で試合を行っていました。

いわゆる武者修行ですね。

 

 

ちくわ
交渉とか移動とか含め大変だったのでは?

北村

交渉は代表の方がやり取りしてくれていますが、移動が大変でしたね・・・。

ただこんな経験は日本ではできないので、本当に貴重な体験をさせてもらいました。

 

 

ちくわ

バスケでそういう裏側を発信されている方っていないですよね。

メジャーとかだったらピッチャーで登板して、またその後バスに乗って違うチームに行くっていうのを発信されている方もいましたけど。

 

北村

学生とか親御さんからしたら心配になる話もありますよね。

試合をして、また移動して試合をして・・

という感じなので、宿はどうなの?

とか食事は?

とか気になるところだとは思うのですが。

まあ日本では経験できないですし、価値観も変わりました。

経験できて非常に良かったです。

 

【Risicare 北村豪希】流れを断ち切るために・・・vol.3

2019年6月13日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください