〜上善は水の如し〜UNDERDOG/ 福田 大佑 part.1

 



実業団No,1スコアラーと言われたこの男をあなたは知っていますか?

 

日本無線時代に実業団No,1の称号を掲げストリートでも輝きを放たれている選手・福田大佑さんにインタビューを実施しました。

プレイヤーとしてだけでなく、最近ではインサイドのクリニックを行われたりと活動の幅を広げられています。

 

水の様な柔らかな、かつ力強いプレーの秘密やクリニックについてなどお話を伺いました。

 

福田大佑 インタビュー

ちくわ

SOMECITY  TOKYO 所属、UNDERDOGでプレー中の福田大佑さんに今回お話伺いします。

よろしくお願いします。

 

福田

よろしくお願いします。

 

 

ちくわ

福田さんはポストムーブのクリニックを開催されています。

第1回も多くの方が参加されていましたね。

ポストムーブのクリニックは近年では珍しい印象を受けますが、クリニックはどうして開催されようと思ったんですか?

 

福田

クリニックに関してですが、誰にでも出来ることをやっているつもりなんです。

僕自身、身長や体重・運動能力に特徴がある選手ではありません。

インサイドは2mを超える選手がゴロゴロいます。

自分がインサイドのプレーを選んだというのもありますが、国内のみならず外国籍選手などいろんな選手を相手にした時にも通ずるものがあるのでないかと思っています。

それは能力任せでなく考えて考えてプレーした僕だからこそ、伝えれるものがあるのではないかと思ったのがきっかけです。

まあ長くなりましたが、ちょっと始めてみよう!ということでやってみました。

 

ちくわ

最後にすごい軽い感じ(笑)

インサイドのプレーは奥が深いですよね。

 

福田

そうですよね。

近年クリニックの主流になっているのがアウトサイド主体で時代と真逆にはなりますが、バスケットにおける真理の部分だと思っています。

インサイドの距離感で個として勝負できるというのは強みになります。

勿論チームのスタイルに合う合わないというのは選手によってあるかとは思いますが引き出しの中にそういったプレーがあるというのは自信というか、バスケへの関わり方が変わってくるのではないかと思っています。

 

 

ちくわ

1つ武器を持っているのは強みになりますよね。

 

福田

そうですね。そういった強みががあれば俯瞰して見れると思います。

あの距離感で勝負できる事はトレンドが今後変わっても勝負できると個人的には思っています。

 

ちくわ

実際NBAを観ていてもアウトサイドプレイヤーでもインサイドで勝負しますもんね。

 

福田

ここ一番の勝負所や期待値を高く取りたい時はインサイドでのフィニッシュは重宝されているように感じますね。

 

 

ちくわ

当時、東山高校時代も洛南相手にインサイドで攻める姿勢は今でも忘れられません。かっこよかったですね。

 

福田

ありがとうございます。

自分でもかっこいいと思ってやっていました(笑)

 

 

ちくわ

今インサイドのプレーって試合を通してみても少ないように感じます。

福田さんがインサイドのプレーを極めようと思ったきっかけというのは何かあるのでしょうか。

 

福田

自分の通用する部分がカテゴリーが上がるにつれてなかったんですよ。

身長でいうとコンバートされるサイズです。かといって身体能力を鍛えるという精神力の強さも当時はありませんでした。

競技者として自分自身向いていないと思っていました。

じゃあ何ができるのかと考えた時に近い距離で工夫をして点を取ると言うのは、自分にとって勝つための近道だったんですよね。

 

ちくわ
なるほど。

 

福田

生き残る術ですよね。

あとは環境があります。

中学生の時は身長が10センチ高い選手をマッチアップする必要がありました。

卒業後、能代工業に進学した高久順(能代工業ー法政大学ーリンク栃木ブレックス)が同地区にいたのですが、都大会に進むには彼を倒すしかなかったんですよ。

 

ちくわ
そうだったんですね。

 

福田

高校時代には洛南高校に竹内さん(竹内公輔、譲次選手)がいたでしょ。

(写真:バスケットボールキング記事内より)

何も知らずに東京から京都に行った若造でした。

試合中リバウンドを取ろうと思ったら目の前に胸の番号が来てびっくりする経験をしました。

関東に進学した大学時代では常に自分よりサイズの大きい選手とマッチアップしていると、身長差をどう克服してプレーするかという環境に身を置いた事がきっかけですね。

 

ちくわ
それはあまりコンプレックスにはならなかったんですか?

 

福田

目標が明確だったからコンプレックスにはならなかったですね。

身長差とか理不尽さとか目に見える形にあったので、超えるにはどうしたらいいのかなと言うのを常に考えていたのであまりコンプレックスとは感じませんでした。

 

ちくわ
そう聞くと先ほどの“アスリートとして向いていない“とは相反する様に感じるのですが・・。

 

福田

今思うと世の中をわかっていなかったんです(笑)

 

ちくわ
当時は“やってやろう!“という感じだったんですか?

 

福田

そこも少し違って

“どうせやるなら倒したいな“

という表現があっているかな。

ただそう思うのならもっとトレーニングをしっかりと積んでから挑むべきだったのでしょうが、倒す方法ばかりを考えて辛い事はしたくなかった学生でしたね(笑)

 

 

ちくわ

それでも考える事は大事な事だと思います。

東京から京都の東山高校への進学の経緯を教えていただいてもよろしいですか?

 

 

福田

中学の外部コーチが東山高校出身で、さらにタイミングよく東山高校が洛南高校を倒しウィンターカップに出場するために東京へ来ていたんですよ。

当時は現・東山高校の監督の大澤さんの代の時です。

当時の監督の田中先生がわざわざ練習を見に来られて、そこからトントンと不思議な縁で京都へ進学しました。

 

〜上善は水の如し〜UNDERDOG/ 福田 大佑 part.2

2021年5月6日

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